1. ホーム
  2. 統計解析・品質管理
  3. 導入事例
  4. JUSEパッケージ活用事例シンポジウム

第8回 JUSEパッケージ活用事例シンポジウム
統計手法からみたQS-9000 (東京理科大学 山田 秀氏)

1.はじめに

ISO9000が世間に与えたインパクトの大きさは,書店に並んでいるISO9000関連の書籍の数,あるいは,一説には年間100億ドル産業とも言われている(Zuckerman(1996))ことからも知ることができる.このようにISO9000が広まった一つの要因としては,ISO9000が特定の産業を対象にした品質保証の国際規格ではなく,対象を限定していない一般的な規格であることが挙げられよう.

ISO9000が対象を限定していない規格であるために,時には不明瞭な規格となり,品質保証という立場から十分に機能しないという問題が生じることがある.この問題を解決するべく具体的な規定にするには,購入者が品質保証の規格を独自に用意し,供給者にその遵守を促すことが考えられるが,購入者側が規格を用意するために,ならびに,供給者が各購入者毎の規格に対応するために多大な労力が必要になる.

QS-9000は,品質保証のために具体的な規格が必要であるが購入者個別に規格を用意するのは面倒,という問題を解消することを狙いの一つとして,クライスラー,フォード,ゼネラルモータースのいわゆるビックスリーとトラック製造者を中心に制定された.

ビッグスリーを中心に話し合いが始まった1988年当時,クライスラーには「供給者品質保証マニュアル」,フォードには「Q-101品質システム規格」,ゼネラルモータースには「NAO優良ターゲット,購買材料に対する欧州一般品質規格」という各社独自の品質保証の規格・マニュアルがあった.また,品質保証の国際規格ISO9001も脚光を浴びつつあった.そこで,これらの規格・マニュアル,ISO9001を整合化させ,QS-9000が制定された.

QS-9000の要求事項をISO9001のそれと比較した場合,QS-9000の方が規格の使用者が特化しているので,それぞれの要求事項をより詳細に規定している.詳細に規定しているという点は,統計手法の適用に関しても多く現れている.本稿ではQS-9000の要求事項について,統計手法の適用を中心に考察を行うことにする.なお,日本規格協会訳(1998),「QS-9000品質システム要求事項邦訳版」により日本語に訳されている用語については,できる限りそれを用いた.

2.QS-9000の要求事項

2.1構成

QS-9000は次の第Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ節からなる.

  1. 第Ⅰ節:ISO9000に基づく要求事項
  2. 第Ⅱ節:部門固有の要求事項
  3. 第Ⅲ節:顧客固有の要求事項

第Ⅰ節では,ISO9001に新たに要求事項を追加している.第Ⅱ節では,ISO9000には含まれていない要求事項で,購入者側に共通する要求事項が記載されている.第Ⅲ節では,顧客(ビッグスリー,トラック製造業者)固有の要求事項が記載されている.第Ⅱ節はビッグスリーを中心に共通化できた事項であるのに対し,第Ⅲ節は共通化はできなかったが各社において必須な要求事項である.

この第ⅠからⅢ節の他に,次の参考マニュアル等が用意されている.

QS-9000品質システム審査(日本規格協会(1998)邦訳版参照)は,審査の際のチェックリストに相当するものである.また,その他の参考マニュアルは計画書等を作成する際の参考となるべく準備されている.

2.2 考察

第Ⅰ節は,ISO9001シリーズの要求事項に,QS-9000固有の要求をいくつか追加したものとなっている.この節の構成はISO9001に等しい.ISO9001に新たに追加された要求事項を表1に示す.また,第Ⅱ節:部門固有の要求事項,第Ⅲ節:顧客固有の要求事項を表1に併せて示す.この表からつぎのことが分かる.

(1)ISO9001に比べると,QS-9000は明らかに詳細な規定となっている.

例えば,ISO9001の要素「4.9 工程管理」に,QS-9000では,工程監視の指示書は“製品品質事前計画・管理計画書参考マニュアル”を参照し作成することが望ましいという事項が加えられている.

この様に詳細な規定となっている点について鵜飼(1997)は,QS-9000の取得を紹介した記事の中で,「ISO9000は行うべことを“WHAT”の範囲に限定し,供給者の品質システムの中で“HOW”を決めることができたのに対し,QS-90000は“HOW”の部分にも具体的な手順を示すことにより,供給者の品質システムに村してより細かい内容で実施レベルを合せようとするものである」と述べている.すなわち,QS-9000では自動車産業に特化した分,より具体的なレベルであるHOWの部分にまで規定が及んでいると考えられる.

(2)第Ⅰ節では,ISO9001の要素「4.1経営者の責任」に,新たに「4.1.5全社レベルでのデータの分析と利用」という項が追加された事が興味深い.

品質管理の歴史から見て,自動車産業界が果たした役割は大きく,特に,データ解析などの統計的手法の活用,事実(データ)に基づく管理の実践という意味での貢献は大であろう.この良き伝統を積極的に残そうとすることの現れが,4.1.5の追加であると考える.

(3)第Ⅲ節は,顧客固有の要求事頑を規定したものであり,例えばクライスラーの場合,重要な部品を図面中にある特定の記号で表すことがこの例としてあげられる.

従来からクライスラーと取り引きがある供給者は,この記法を用いていてその変更には労力と混乱が予想される.一方,記法をQS-9000にて共通化しなくとも品質保証上の問題はないと思われる.このように,従来から慣習的に用いられていて,変更せずとも品質保証上問題が発生せず,変更には労力と混乱がともなうものは,第Ⅲ節の顧客別の要求事項として残ったと考えられる.

3.統計手法に関連する要求

3.1 要求事項

(1)QS-9000では,ISO9001の要素「4.4設計管理」に,「供給者の設計活動は,必要に応じて以下の技能に関して資格認定されていることが望ましい」(日本規格協会訳(1998)p.24)と追加要求事項を述べ幾何学的寸法及び公差検討,品質機能展開(QFD),製造設計,組立設計,価値工学,実験計画(DOE)(田口メソッド及び古典的方法),故障モード影響解析(DFMEA,PFMEA),信頼性工学計画…」として手法名を明示しその適用について述べている.

また,QS-9000第Ⅱ節「2.3継続的改善技法」の中で「供給者は,下記の手段及び方法の知識を実証し,適切なものを使用すること」(日本規格協会訳(1998)P.81)と述べ,

という手法を提示している.

このようにして挙げられた手法のうち,統計手法の取り扱いについてどのように考えたら良いのか,また,実施 例ではどのようになっているのかについて3.2で触れることにする.

(2)QS-9000では,ISO9001の要素「4.20統計的手法」に対する追加要求事項の中で,“統計的工程管理参考マニュアル(Statistical Process Control Reference Manual)”(以下SPCマニュアルと略)の参考を要求している.

統計手法に関する要求を詳しく見るために,SPCマニュアルの内容をより詳しく見てみることにする.

このマニュアルは4章からなる.第1章が序論,第2,3章が管理図で計量値の場合,計数値の場合をそれぞれ取り扱っている.さらに第4章で測定方法の評価を取り扱っている.第2,3章において興味深いのは,工程能力(Process Capability),工程性能(Process Performance)を含めた形で管理図を評価しようとしていうことである.

この事が良く分かる様に,表3にSPCマニュアルの第2章第1項“平均と範囲の管理図”の内容を示す.この表において,Cは主に管理図の解釈を,Dは主に工程能力指数の解釈を規定している.

3.2 考察

(1)高度な手法の適用は必須か?

3.1の(1)で述べたように,工程能力指数(Cp,Cpk),管理図(計量値,計数値)のみならず,実験計画(DOE)(田口メソッド及び古典的方法),累積和図(CUSUM),工程の進歩的運営(EVOP)といった,比較的高度な統計手法の適用が推奨されている.

さて,これらの比較的高度な手法の適用は必須なのであろうか?この点は審査者の考えに依存するであろうが,筆者は(願望も含め)必須ではないと考える.その理由は次の2点である.

一つめは事例における審査内容.手元にQS-9000認証収得事例(鵜飼(1997),山田,浅井(1997))があり,これらによるといくつかの文書類の整合化には苦労したという記述はある.しかし,高度な手法の適用に苦労した,あるいは,指摘を受けたという様な,高度な手法の適用に関する記述はなかった.これらの事例の著者はQS-9000認証取得推進担当者とみられ,実際に手法を使用する側ではないものの,事例中に高度な手法の通用に関する記述がないということは,審査側もその点を過度に強要しなかったと思われる.

二つめの理由は,手法適用の主旨.先に紹介した記述の文末を見ると,「されていることが望ましい」(日本規格協会訳(1998)p.24),「適切なものを使用すること」(日本規格協会訳(1998)p.81)となっていて,“適用すること”とはしていない.この背後には,品質保証上必要であれば適用するという考え方が流れていて,その意味で高度な手法の適用は必須ではないと思われる.審査者が手段と目的を取り違え,手法の適用そのものを目的としてしまう,ということがないことを望む.

(2)SPCマニュアルの内容

SPCマニュアルには,かなり細かなレベルまで手法の適用が紹介されている.このマニュアルの背後には,高度な手法の適用は必須とはしないが,「管理図,工程能力指数の活用はぜひとも行って欲しい」という考えがある様に思える.

このマニュアルにおいて特徴的なことは,
(1)Xbar-R管理図においてR管理図を評価した後でXbar管理図の評価を行うことを明確に規定したこと,
(2)管理図と工程能力(性能)指数を組み合わせて使用することを規定したこと,
(3)工程能力と工程性能を分けたこと
が挙げられる.

(1)は管理図の評価の上で重要な事であるが,時に忘れられてしまうこともある.その意味で規定したことは有意義であろう.

(2)について,管理図と工程能力指数を組み合わせると,例えば群間変動を無くせたとするならばどの程度まで工程能力が向上するのかという改善の指針が得られる.このように有益な情報が得られるので,管理図と工程能力指数を組み合わせることは有意義であろう.

さて,(3)についてである.ここでいう工程能力とは,ばらつき具合をR管理図の情報により求める.すなわち,群内変動から求める.これに対し工程性能は,ぱらつき具合を群内変動,群間変動を考慮せず全データの標準偏差をもとに求める.Xbar-R管理図ともに安定状態であるならば,工程能力と工程性能は本質的に同じ事を意味する.一方,群間変動が存在すると思われる場合に,全変動をもとに工程性能を求めるのは,安定していない(再現性がない)工程から収集されたデータをもとに工程を評価する事になり,得策ではないと考える.

なお,ISO TC69(TC:Technical Committee)では“統計手法の適用”に関する国際規格を取り扱っており,SC4(SC:Sub Committee)では“統計的工程管理”に関連する国際規格を取り扱っている.このSCにおいて,工程能力指数(Process Capability Index)についての定義はされているが,工程性能指数(Process Performance Index)に関する定義はまだ固まっていない.

(3)統計ソフトウェアが具備すべき機能

QS-9000の要求事項を満たすには,統計手法の活用が不可欠であり,ソフトウェアの活用が必要になる.今後,ソフトウェアの機能において,
(1)田口メソッド,累積和管理図への対応,
(2)ドキュメンテーション機能の強化
が必要になると思われる.

田口メソッドについてはいくつもの成功事例が発表されているものの,その解析用ソフトウェアの選択肢は多くない.また,累積和管理図の市販ソフトウェアはほとんどないのが現状であると思う.今後これらの手法を網羅したソフトが必要になるであろう.

また,QS-9000が文書での提出を多く要求している以上,ドキュメンテーション機能(計算結果(図)を統計ソフトウェア上で自由に編集できる機能)が必要になる.最近の統計ソフトウェアでは,計算結果のアウトプットである図に対して,横軸,縦軸の名称が入れられる等の権能があるもののいまだに不十分であろう.実務家の立場から言えば,計算結果がそのまま正式書類として提出でさるようなソフトが必要であろう.

4.おわりに

筆者がはじめてISO9000シリーズについて記事を書いたのは山田,狩野(1992)で,最後に書いたのはKano and Yamada(1995)である.今回「QS-9000に関する記事を」というお話を頂いた時には多少躊躇したが,新しい何かが発見できると思い,能力不足,経験不足等を省みずお引き受けした.

その新しい発見とは次の通りである.

QS-9000の要求事項に目を通す前に「QS-9000は統計手法の規定が多い」という噂を聞いた.確かにISO9000に比べれば統計手法の適用の規定が多いのでその噂はあたっているといえる.しかしその要求レベルは,事前の筆者の予想に比べれば低いものであった.これは好ましい事であると考える.それは,筆者はこの種の品質保証に関する規格は必要最小限のものを規定してあれば十分であると考えているからである.過度の統計手法の適用を要求すると,手法の適用そのものが目的になりかねないからである.今後,適切な形でQS-9000が適用されていく事を望む.

なお,本稿をまとめるにあたり,仁科健氏(名古屋工業大学)からいくつかの貴重な情報を頂きました.この場をお借りして御礼申し上げます.

お問い合わせ

ご不明な点がございましたら,お問い合わせ窓口よりお問い合わせください.

過去のシンポジウム開催の様子や発表資料は,過去のシンポジウムプログラムおよび発表資料からご覧いただけます.


要旨集の販売について
シンポジウムの発表内容を掲載した冊子
これまでに開催された各シンポジウムの発表要旨集を販売しております.ただし在庫がない場合もございますので,あらかじめご了承下さい.ご希望の方はお問い合わせ窓口よりお問い合わせください.

メールマガジン
最新の製品アップデート情報やセミナー・イベントなどのお知らせを,eメールでお送りします